夕刻のお散歩マスター

日常と創造のハザマにて

2026年2月 新たな時代へなだれ込んでいるのか

こんにちは、2026年2月15日にこれを書いています。

 

江戸幕府崩壊、開国、明治政府から続いていた英米による日本の実質支配が終わろうとしているというのがここ数年の大きな世界の流れだったわけですが、それがついに最終段階にまで来たのかも知れません。

 

ここ数年、日本国内では長年タブーとされてきたことが暴かれて日本の隅々まで知れ渡ることとなりました。

 

統一教会と政治のつながりやジャニーズ問題、大手マスコミの偏った姿勢とその理由等々

 

そして、マスコミは真実を伝える組織ではなくてディープステートとその出先である左派勢力の広報機関であることは今や普通のオバサンでも知っていることとなりました。

 

そして、今現在起きていることは、

 

・2月の衆院選での左派勢力(立憲民主党共産党、れいわ新撰組社民党)の壊滅と媚中議員媚中文化人の炙り出し

・これまで陰謀論として取り扱われていたエプスタインファイルの公開と事件の一斉報道

・日本の選挙制度の問題点(不正選挙疑惑)の表面化

中国共産党の分裂・内戦化、中国経済の混乱

・沖縄を含む日本国内からの米軍撤退の信ぴょう性増加

・これまで許されていなかった国内資源(天然ガスレアメタル)の開発スタート

・21世紀の間ずっと続いたゼロ金利の解除と金利の急激な上昇

ウクライナ敗戦濃厚

・移民で完全に壊れた欧州諸国とその前段階で踏みとどまるかの瀬戸際の日本

 

そんな中、最近のオカネに関する大きな出来事が立て続けに起きています

 

・金銀の突然の急騰と急落

ビットコインの急落

・日本の株価絶好調で高値更新

 

金銀とビットコインは投機的な値動きになっていて最早バクチ化していますね

 

株については、本日TVニュースで証券会社による投資講座が大人気と煽り気味に報じていました。そういえば、私の知り合いの女性が最近株にはまっていると風の噂で聞きました、その方は真面目に派遣の仕事を続けてこられた方で、これまで「投資」についてはまったく素人でもちろん興味もありませんでしたのでそれを聞いてびっくりしたと同時に

 

「もうそろそろクライマックスかな」

 

と思いました。

 

日経平均6万円をつけてから一気にいくのではないでしょうか。

 

そして平成・令和初期の時代ではあり得ないと思われていたことが次々と起きてしまうことになるような気がします。

 

・金融機関や大企業の突然の倒産

・突然あるモノが市場から消えてパニックになる(あるモノは入れ替わり立ち代わり変わる)

・あり得ないほどのインフレと資産(不動産など)の暴落

・もしかしたら戦争

・もしかしたらとてつもなく大きな自然災害

 

とりあえず、覚悟はしておかないといけませんね。

 

 

 

 

 

珈琲栽培への挑戦と挫折(実行すらできていない。。。)

一昨年(2023年)から密かに検討を続けてきたのが

 

「沖縄で珈琲を栽培してそれを自家焙煎して飲む生活」

 

珈琲が若い頃から大好きで、ブラック珈琲を毎日7-8杯飲み続けて45年!!  最近では、珈琲の生の豆を自分で焙煎して飲んでいます、そうなると次は珈琲の豆を自分で育てて収穫をしてそれを自分で焙煎して飲みたいという欲求が強くなっていたのです

 

珈琲は残念ながら日本で栽培できるのは沖縄と小笠原諸島だけです、ビニールハウスで栽培すれば本州でも栽培可能ですが素人が手を出せるものではありません

 

そこで、昔から好きだった沖縄の地で珈琲栽培をする生活を夢見たのです

 

昨年は、沖縄の珈琲農家さんに話を聞きに行ったり、珈琲栽培に適していると言われている北部地域に長期滞在して沖縄での生活のシミュレーションをしたりして計画の実現に向けて一歩一歩前に進んでいるように思っていました

瀬底島の民泊

 

もともと、生業として珈琲を栽培するのではなく、あくまで自分で楽しむために栽培することを目的としていたので、珈琲の木が3-4本あれば良く、敷地面積も小さな庭程度で十分ということで小さな庭付きの家を借りるつもりでした

名護市の一軒家、海まで徒歩30秒、こんな感じのところに住みたかった

 

寒さが苦手な私は真冬でも絶対に氷点下にはならない沖縄の気候に憧れていました、湿気が多いのは長期滞在して実体として良くわかりましたが自分としてはさほど嫌な感じがしなかったので沖縄の気候が自分の身体に合っていることが確認できたのも大きかったと思います

 

不動産の調査も兼ねて、昨年は名護市郊外に10日間、瀬底島に12日間、民泊に滞在して周辺をウロウロしてきました、まぁ結局はその程度の日数では長期滞在の旅行者にすぎず沖縄で生活することのシミュレーションにはなりませんでしたけど。。。。

 

昨年の3週間の沖縄滞在でなんとなくではありますが、沖縄で珈琲を栽培しながら生活するイメージが湧いてきました

 

[沖縄での生活のイメージ]

・名護市郊外に小さな一軒家を借りて住む(住民票は京都のまま)

・庭に珈琲の木を3-4本植える(珈琲の木は地元の珈琲農家さんから買う)

・中古の軽自動車を所有する

・妻は京都市内に留まり、年に4回京都に戻るという夢の二重生活

・電子ピアノを持ち込んで沖縄でも音楽活動を続ける

・週に3日は警備員などのアルバイト

・基本は自炊

 

[資金計画]

・年間の支出金額

 -賃貸   8万円x13=104万円

 -水光熱費 4万円x12= 48万円

 -食費   5万円x12=60万円

 -通信費  6千円x12=  7万円

   -クルマ  30万円    = 25万円

   -服飾他  20万円    = 20万円

   -京都往復  4万円x4  = 16万円

   -音楽    2万円x12 = 24万円  合計304万円

  (健康保険、住民税は京都で支払うので計算には入れていません)

 

・収入

 - バイト代 0.7万円x144日= 108万円

 - 年金(企業年金含む)の半分           =  130万円  合計238万円

 

・収支 ▲66万円/年   

 

年間約66万円の赤字で10年間で660万円の赤字というのは、10年間沖縄で好きなことをして生活するコストと考えるとまぁまぁな数字かなと思っていました、沖縄でもバンドのサポート等で稼げればもっと収支は良くなります、あとはバイトを週3日ではなくて週5回にすれば黒字にもなりますが、週に5日も働くとなると何をしに沖縄に行くのかわからなくなってしまいますからね。。。。

 

こんな感じで金銭的にもギリギリ10年間は沖縄で暮らせるなぁという感じです、10年後も元気であれば私も76歳になるので、ちょうどそこらへんが潮時かなと思います

 

だいたいの資金計画も見えて来たので、あとは今年2025年に具体的な住居探しを開始するつもりでした

 

ところが、最初に書いたように、結局この夢のような話は流れてしまったのです

 

[沖縄生活をあきらめた理由]

 

・昨年12月に持病の逆流性食道炎が悪化し、カフェインの摂りすぎがその原因であると医者から言われた、試しに3ケ月間珈琲を一切飲まずに過ごしたら逆流性食道炎自体が治ってしまった

 → その後、量を減らして珈琲摂取を再開したが、珈琲を今までのようにガブガブと飲むことが出来ない状況となり、珈琲栽培の熱が醒めてしまった

 

・昨年後半からインフレが加速し生活費がかなり増加している、当然沖縄滞在のコストも試算よりも高くなると予想され、コスト的に無理があるレベルとなってしまった

 

・沖縄の賃貸物件で庭付きの一軒家というのがほとんど市場に出ていないことがわかった、しかも月8万円ではとても借りることは出来ない、狭いマンションの一室であればなんとかなる感じで、庭付き一軒家というのがとてつもなくハードルが高いことがわかった

 

 そうなんです、珈琲を栽培したいという欲求が弱くなり、沖縄/京都での2重生活コストが昨年試算した時よりも高くなり今後も更に上昇する可能性があるという2点だけで足がすくんでしまったというのが正直なところです

 

 この程度の障害物であきらめてしまうということは、本気でやりたいとは思っていなかったということなんだということであり、自分自身情けない気持ちになったのは事実です

 

 足掛け3年に亘って、いろいろと調査したり現地に何度も足を運んだりしたことについては良き思い出でもあり悔いはまったくありません

 

 66歳という年齢で今回あきらめてしまったらもう一生出来ないよ!  という声が聞こえてきそうです、本当にそうですよね、沖縄はあきらめましたが、自然農法の野菜栽培についてはまだあきらめてはいません、現在は小さな住宅の小さな庭で細々と続けていますが、近い将来、近隣の田舎の土地を借りて(買って?) 人生最後の道楽としてチャレンジしてみたいと思っています

ステルス植民地からの脱却間近か (令和はエモーションの時代へ-①)

令和はエモーションの時代へ①

 

日本は戦後、特に平成の時代に米国のステルス植民地として日本人が努力して稼いだ富を米国が吸い上げる構造により「働けど国民は豊にならない」という失われた30年が過ぎていきました

 

  平成の30年間は、「カネ」と「コンプライアンス」があらゆる事象への判断基準となりそれが社会や人心を動かしてきました

 

  まず、今回の記事ではカネについて語ります

主に米国との関係において、日本は米国にモノを輸出し大幅な貿易収支の黒字が発生します、その結果モノの代金としての巨額のドルを日本は持つようになります

そのお金を国内のインフラや社会福祉や教育や雇用創出など日本国民のために使っていれば失われた30年はなかったはずです

 

 それでは何に使っていたのでしょうか、それは米国国債を買っていたのです、モノを売って安心安全な米国の国債を買う、一見良さげな響きですが、国債金利は貰えますが日本国民の豊かさには直結しません、これが失われた30年の根っこの部分だと思います

 

 そして、一番の問題は米国債は米国が「償還しませーーん」とか「金利払うのやーーめた」と言えば紙屑になってしまうのです

 米国債は世界で一番安全な金融商品だからそんなことにはならねーよと思うかもしれませんが果たしてそうでしょうか

 

 米国は米国債を発行し続けてドルを刷りまくりました(国債を発行する=通貨を新規に発行すること)

 その結果、ドルが金融市場に流され、全世界の株式や金融商品が買われて値上がりし、米国は製造業ではなく金融で飯を食う国になりました

 米国の製造業は完全に衰退し、その代わりに中国に米国の余ったお金を投資して中国が米国のための商品を作るようになりました

 

 中国もモノを売って儲けた分を最近まで米国債を買っていました、中国は日本と違って、米国債を売って刷ったドルがもう一度中国にインフラや工場設備などに投資されて国が発展しました

 

  この構図は中東にも同じことが言えます、産油国に石油で儲けたカネで米国債を買わせる、そうすることによって、モノや石油は米国が買いドルで払い、そのドルで米国債を買わせれば永遠にドルを刷ることが出来るという「打ち出の小槌」みたいな仕組みが出来上がりました、この仕組みに気が付いてドル以外の通貨で石油の取引をしようとした国は全て潰されてしまいました(ex.リビアイラク)

 

  一方、日本でも国債を発行し続けて「円」を刷り続けて、同様に円が金融市場に流れて株式等金融商品が値上がりし、汗水たらして働くことが3Kなどと嫌われて、投資家という世の中の発展に何も貢献しない人たちが偉いという世の中になりました

 

  これらは決して偶然の産物ではなく、米国がそのように仕向けたのです


米国はあくせく働くのはやめてモノは作らない

モノは日本そして中国など発展途上国に米国が投資して作らせる

モノを売ってドル建てのカネが手に入った国にはそのドルで米国債を買わせる

米国は何もせず、というか国債を発行するだけで現ナマのドルが手に入る

米国はそのドルを駆使して全世界の金融市場を牛耳りぼろ儲けする

一所懸命にモノを作った国は働けど豊かにならない(特に日本) → イマココ

機を見て米国はドルを暴落させる→2024年9月現在それは間近に迫っている

各国の持っている国債は紙屑へ=米国の借金は棒引き

身軽になった米国は製造業・農業を復活させて地産地消の国になる

近い将来恐らくこうなることでしょう

 

 このような構造の下で平成の時代は、「今だけ」「カネだけ」「自分だけ」という3ダケのつまらない社会になってしまいました

 

    40代ぐらいまでの世代は昭和を知りません、通貨の価値が突然ゼロになる可能性を認識していないと思いますが、実際に日本では終戦直後にそれを体験しています、もしそうなった時、或いはそれに近いことが起きた時、今までの価値観がぶち壊されていくのをただ傍観するしかないのでしょうか

 

   しかし心配ありません、ぶち壊されるのは「今だけ」「カネだけ」「自分だけ」という価値観だけです

    もちろん一時的にはそこらじゅうで個人資産がぶっ飛んだとか会社が潰れたなどの惨劇が起きるでしょう、でもそれは「幻想の富」がなくなっただけで地に足を付けてまた一からやり直せば良いのです

 

     幸い、日本の製造業や農業など一次産業は危うい状態ではあるものの完全に壊れてはいません、そして資源も意外と豊富です、まだまだ立ち直れる力と潜在的なアドバンテージが残っています

    あと10年もすれば「金融で稼いだ金持ちが偉い」みたいな価値観はなくなっているでしょう

 

    次回はコンプライアンスの話です、日本がステルス植民地として富を奪われ続けた構造の核の部分です

 

沖縄の珈琲の歴史と沖縄珈琲農園

珈琲好きが高じて自分で栽培した珈琲の豆を自家焙煎して飲んでみたいという欲求に見舞われて沖縄で個人的に珈琲の栽培が出来ないか調べているところです、これはその覚書です

沖縄での珈琲栽培の始まり

1875年

 明治初期、榎本武揚(えのもとたけあき=政治家)が明治政府に建議して認められインドネシア(ボゴール植物園)より112本の珈琲の苗を日本に持ち込み小笠原諸島の父島と沖縄(首里)にて栽培を始めた

 最初の112本の苗木が沖縄に到着したのか、父島に到着したのかについては諸説あるが、結局沖縄と父島で珈琲が栽培されたのは事実であるので恐らく両方の地に苗木が届いたと推測されます(オガタの感想)

 榎本武揚は政府には珈琲の栽培の適地として沖縄と小笠原諸島の二地を推薦していたとのこと

しかし、この動きはサトウキビなどの他の植物との競争に負けて徐々に縮小していった

1879年3月

 廃藩置県と同時に琉球王国が解体され沖縄県となったが、職を失った琉球士族が珈琲の木を持って北部へ移り住み、現在の本部町伊豆味と今帰仁村呉我山で細々と珈琲の栽培を始めた

 この二つの地域は沖縄の中でも台風の被害が少なく、珈琲の他にも様々な外来植物の農業試験場のような存在だった

 

産業化の始まり


1924年(大正13年)

 松山王子(琉球王国の四男で尚家の尚順)が本部町伊豆味に桃原農園(とうばるのうえん)を開園
 沖縄で珍しい果樹や花を栽培して産業化する試みが行われた、珈琲もその一つで、ハワイからコナコーヒーの種を入手して沖縄でコナコーヒーの栽培に成功した、ただし規模は小さくあくまで研究レベルにとどまっていた

 当時、桃原農園の周辺では祝い事に珈琲苗が配られるなど地域全体で珈琲の栽培がおこなわれていた模様

 

昭和-戦後の動き


1934年(昭和9年)

  木村珈琲(現キーコーヒー)が東村で慶佐次農園を開園、台湾と沖縄で珈琲をかなりの規模で栽培

 しかし、その後は戦争によって縮小し戦後しばらくは小規模な栽培すらおこなわれなかった

 

 珈琲の木は個人の栽培や野性化によって沖縄の地に残った

1977年

 戦後しばらくは個人以外での珈琲栽培は行われていなかった

 具志川市(うるま市)の教員だった和宇慶朝伝(わうけ ちょうでん)が1977年に自宅の500坪の庭で珈琲栽培を始めた

 和宇慶氏は、ブラジルの農業試験場に行き珈琲の種子を調達、ブラジルのムンド・ノーボ種の生産に尽力し沖縄珈琲の父と呼ばれている

 その後、和宇慶氏から教えを受けた恩納村の山城武徳氏が沖縄の珈琲を広めたと言われている

 

現代

2023年時点では沖縄の珈琲生産者は70名と言われている、ただし、大規模な栽培を行っているのは数社とのこと

 

有名な農園としては以下を参照してください、各農園ともに見学や体験など様々なサービスを提供されています、また、沖縄での珈琲栽培について大きな情熱を持って取り組まれているのがわかります

 

・又吉珈琲ファーム(国頭郡東村)

www.matayoshicoffee.jp

 

沖縄SV(元サッカー日本代表の高原直秦がサッカーチームと珈琲農園を経営)

www.okinawasv-agri.co.jp

 

・沖縄珈琲農園(読谷村)

okinawa-coffee-farm.co.jp

 

・安里珈琲農園(大宜味村)

coffee.okinawa

 

・中山コーヒー園(名護市)

nakayama-coffee.com

 

・Fuku Coffee Farm(うるま市)

fuku-coffee-farm.com

 

・Harmoney Farm(東村)

harmonyfarm.github.io

 

・伊波農園(うるま市)

mezu-coffee.com

 

・きじむな農園(豊見城)

https://kijimuna-farm.jimdosite.com/

 

 

 

 

参考にした記事

coffee.okinawa

 

 

 

 

 

 

友人が消息を絶った話

僕の音楽仲間で くらとわら という名前のミュージシャンがいる、いや今となっては「いた」と表現するのが正しいかもしれない

 

 初めて彼と出会ったのは今から12年前の2012年の3月頃

 

 バンドのキーボーディストだった僕が初めて一人で弾き語りのライブをした時の対バン(共演者)だった

 

 終演後に彼となぜか意気投合して終電が終わったあとも一緒に酒を飲んだ、ただ、何をしゃべったのかについては全く覚えていない、とにかく凄い人だなという印象だけが残った

 

 彼は学生時代には  "重量物を遠くまで投げる系" の陸上競技をやっていて身体がとても頑丈で腕回りなどは華奢な僕の3倍ほどもあり、胃腸などの内臓も極めて強く、そして結構強面でサングラスをかけていてる姿はまるで "反社系" のような人だった

 

  見た目はそんな彼だったが、内面はとても穏やかで優しくシャイだというのが少し話をしただけでわかった

 

 年齢は僕よりも5つぐらい下だったが、僕はどうしても年下には思えずにいつも彼に対しては敬語でしゃべっていた

 

  彼は本当の自由人

 

 若い頃は大手広告代理店で商業デザイナーとして活躍し、ちょうどバブルの頃と重なっていわゆる金満な経験をたくさんしたらしい

 

 それでも「組織」の中で仕事をすることに対する居心地の悪さに我慢できなくなって独立し、その後は、お金が必要な時だけパソコンの修理やデザインの仕事をして、入ってきたお金は気前よくパッーーーと使う、そしてお金がなくなったらまた仕事をする、そんな感じに自由に生きていた、少なくとも僕にはそんな風に見えた

 

 そのころに僕は彼と知り合ったんだ

 

ガチガチの企業戦士、否、社畜だった僕から見ると彼は夢を実現した成功者だった

 

好きなことをして、好きな時に働き、好きなところで遊んで、食べたいものを食べ、呑みたい時に呑み、気の合う人としか関わらない

 

社畜では一生手に入らない「自由」を彼は持っていた、社畜にとって憧れだった

 

僕らは、一年に数回ほど会って、呑んだり、一緒に音楽を聴いたり奏でたりしていた

 

親友とは言えないし、頻繁に会う訳でもないけど会えば会ったで話が弾む、そんな関係が続いた

 

僕は彼をリスペクトしていたし、彼の自由な人生を羨んでいた、そして彼と会うと必ず

 

「その自由さが羨ましい!!」

 

と言っていたような気がする

 

彼は

 

「モンクさん(僕の呼び名)、会社やめたら自由なんてすぐに手に入りますよ、何故やめないの?」

 

と返答してくる

 

それに対して僕は

 

「そうだよね~」とヤル気のない言葉を返して結局この会話はここで終わってしまう

 

会うと必ずこんな感じの会話をしていたと思う

 

そんなこんなで

 

僕は58歳の時に、ついに身体を壊してしまい、それがきっかけで念願の?早期リタイアに至った

 

この決断を後押ししたのは間違いなく彼がいつも言っていた

 

「自由が欲しい? じゃあ会社をやめればいいんじゃない?」という言葉だった

 

その後も一年に数回の彼との交流は続き、彼のCDにピアノで参加したりレコ発のライブに参加したりして良い感じのリレーションを築きつつあったように思っていた

 

その日は突然訪れた

 

2023年の1月某日

 

LINEで彼と次に会う日をいつにするかやりとりをしていた、そして突然リプライが来なくなったのだ

 

数日は様子を見ていたが、さすがに心配になって彼と連絡を取ろうと思ったが知っているのは電話番号とLINEのIDとFacebookのIDだけ

 

趣味でつながる友人というのはそういうものなのだ、本名さえ知らないことの方が多い

 

電話をかけても呼び出し音が鳴ったまま、facebookとLineのメッセージには返事無し、もちろんSNSの記事も更新されていない

 

彼と共通の友人数人に連絡したものの誰も彼が今どうなっているのかわからないと言う

 

また、彼がよく訪れていた飲食店のマスターに聞いても同じだった

 

ニックネームで呼び合い、SNSで連絡を取り、実際に会って行動を共にしてお互いに大切な友人だと思っていても、今回のように突然連絡がとれなくなるとその人との接点が完全に失われてしまう

 

結局、その日から一年半たった今でも連絡はついていない

 

病気や事故で突然帰らぬ人となったのかもと考えたこともあったけど、電話は一年半過ぎた今でも呼び出し音が鳴る状態だ

 

もしかしたら、一切合切の交友関係を断って、新たな場所で自由気ままな人生を謳歌しているのかも知れない、彼ならそうしたとしても不思議ではないと思っている、そしてそう考えるとモヤモヤした甘酸っぱいものが胸のあたりにこみあげてくるのだ

 

 ある日突然彼からメッセージが来て交流が再開するかも知れない、そう考えて、そして期待を込めてたまに彼のことを思い出している

 

そして、たまに彼のCDを聴いたり、彼の曲を歌っている

 

まぁ僕が勝手に感傷的になっているだけなんですけどね

 

理由はともあれ、今後彼は私の前に決して姿を現わさない ということはわかっているつもり。。。。。

 

こんな長文で、結局オチも無い話を最後まで読んでくれてありがとうございました!

 

このなんとなくモヤモヤした気持ちをどこかに吐き出したかったんです

 

彼の残した楽曲に「せんこうはなび」という曲があります、彼のCDのタイトルになった曲で、私もピアノでレコーディングに参加した曲です、この曲を聴くと寂しさの中に彼の人生の力強さを感じます

 

レコ発のライブの時の動画がありますので貼っておきますね(3番を歌っている男性が彼です)、忘れがたいライブです

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自家焙煎の魅力:幸せな気分と新鮮な珈琲の楽しみ方

自家焙煎とは

自家焙煎の意味は

当たり前ですが "自分で焙煎する"   です

 

珈琲の生の豆(生豆)を買ってきて、自宅で焙煎するということですね

 

珈琲の焙煎というと喫茶店でたまに見かける大掛かりな焙煎の機械を思い浮かべる人も多いと思いますが、普通にフライパン等を使って手で焙煎することができます、しかもそんなに難しいことではありません、もちろんその道を極めるにはそれ相応の経験や修練が必要ですが、喫茶店で飲む珈琲よりも美味しく飲める程度であれば何回か焙煎してコツを掴めば結構お手軽に美味しく焙煎できてしまいます

 

もちろん個人用でも自動で焙煎する機械もあり、それを使って自家焙煎されている方もたくさんいらっしゃいますが、今回は機械を使わずに手で焙煎すると幸せになれるというお話をしたいと思います

 

実際の自家焙煎

まず、私がどんな風に焙煎しているのかを簡単にご説明しますね

 

用意するものとして

・珈琲の生豆

・焙烙(ほうろく)

https://amzn.to/3vX9vcb

・コンロ

・焙煎したての熱々の珈琲豆を冷やすための容器

・容器に入れた珈琲豆に風を送る扇子

そして、珈琲豆を焙烙に入れてコンロに火をつけて焙烙を振り振りしながら焙煎して15-20分後に容器に移して扇子でパタパタと珈琲豆を冷やして出来上がりです

 

豆が冷めたあとに不良豆を除去するピッキングという作業もしたりします

 

一連の作業を動画に撮って1分にまとめたものがありますのでそちらも是非ごらんください

youtu.be

 

さて、ここからが本題です

 

珈琲を自家焙煎すると幸せな気分になる7つの理由

1. とっても新鮮でエグ味の無いコク深い珈琲が飲める

  当たり前ですが、超新鮮な珈琲が飲めるという幸せを実感できます
  珈琲豆は焙煎する前の生豆の状態ではまだ生きています、生豆を土に植えるとちゃんと発芽するので生きているんです、生きているということは新鮮だということ、そして高温で焙煎することで豆は死んで、そこから食品としての劣化が始まります
  珈琲も他の食品と同様に時間の経過と共に劣化していきます、珈琲の劣化というのは原因が大きく3つあって、「ステイリング」、「ガス抜け」、「酸化」です
  ステイリングというのは、焙煎後の珈琲豆が水分を吸って化学変化により酸っぱくなることです、焙煎により生成されたクロロゲン酸ラクトンやキナ酸ラクトンが空気中の水分を吸収することによって再び酸に戻ってしまうという現象です
 クロロゲン酸ラクトンやキナ酸ラクトンは珈琲の苦味の元となる物質ですので、劣化が進むと珈琲はどんどん酸っぱくなっていきます
 
 次にガス抜けですが、焙煎直後の珈琲豆からは大量の二酸化炭素ガスが発生しています、焙煎直後の豆を使ってドリップすると蒸らしの時に急激に膨らみますがそれは炭酸ガスが出ているからなんです、炭酸ガスが出ているとドリップの時にエグ味などの余計なものが抽出されにくいと言われています、但し、焙煎直後のガスの量はさすがに多すぎるとのことで焙煎直後は敢えてガス抜きをして調節しています
 古くなってガスが抜けきると後述する酸化で出来たあらゆる雑味やエグ味を全て吸収したエグイ飲み物となってしまいます
 
 最後に「酸化」ですが、あらゆる食品は酸化しますよね、珈琲も例外ではありません
 珈琲が酸化すると、香りが失われ、珈琲の脂分が酸化することで有害物質が生成されてそれが胃に悪いとか体調不良を起こしたりします、珈琲には意外と脂分が多く含まれていて古い珈琲を飲むということは古い天ぷら油を使って料理したものを食べることと同じだと言えるでしょう、古い油で調理した料理を食べて胃が痛くなった経験は誰でもあると思いますが、古い珈琲はそれとまったく一緒なのです
 ここまでて、古くなった珈琲がいかに不味くて身体に悪いかおわかり頂けたと思います、珈琲の本当の美味しさとか効能というのは「新鮮な状態だからこそ」であって焙煎後5日間ぐらいでに飲まないと本当の美味しさは味わえないのです
 やっと結論ですが、自分で焙煎すればそれこそ数分前に焙煎した珈琲を飲むことが出来ます、この真新しい珈琲の風味というのは味わった人にしかわからない素晴らしいものです、これを一度でも飲むと、普段飲んでいるカフェの珈琲やインスタントコーヒーが違う種類の飲み物ぐらいに思えてきます、それほど美味しい珈琲が味わえるので幸せな気分になれるということですね
 

2.  ドリップするときの膨らみ具合が凄いので見ていて嬉しくなる

  新しい珈琲は二酸化炭素が大量に含まれていますのでドリップの時に粉がぷくっーーと膨らみます、膨らむと同時になんとも言えぬ良き香りが部屋に充満していきます
  膨らむのを見るという視覚効果と嗅覚を刺激する良き香りだけで幸せになれるのです
  膨らむのを見てるだけで幸せになれるなんて何言ってるの? と思った方! 
       この1分ほどの動画の中に膨らむシーンがあるので是非見てください

3. 良き香りを何度も繰り返し楽しめる

  自分で焙煎すると様々なポイントで珈琲の香りを楽しむことができます
  まず、焙煎中に生豆の状態から少しずつ焙煎が進むにつれて香りの変化を楽しむことができます
 次に焙煎が終わって冷却のための容器に移し替える瞬間に珈琲の香りがまとまって襲ってくるあの瞬間を楽しむことが出来ます
 そして、ミルにかけて豆を挽いている時に出る珈琲の香りを楽しみます
 ドリップするときに湧き上がる香りも楽しみます、そして珈琲カップに注いでその香りを落ち着いて楽しみます
 焙煎した豆は保管容器に入れて数日間保管しますが、毎日その容器を開けて香りを楽しみます、焙煎当日と翌日、そしてその翌日と香りはどんどん芳醇になっていき5日目ぐらいがピークになりますがその香りの変化もまた楽しむことができます
 このように自分で焙煎することが様々なシチュエーションで珈琲の香りを楽しむことが出来ます、これって珈琲好きにとっては幸せそのものですよね
 

4. 焙煎直後~5日後ぐらいまで少しずつ味変を楽しめる(5日目ぐらいが一番美味しい説がある)

 
 香りと同じく、焙煎直後から少しずつ味も変化していきます、コクが増していくような感じです、焙煎直後はアッサリ系でこれはこれでとても美味しいのですが、日が経つにつれてコクが増していき毎日どんどん美味しくなっていきます、もちろん5日目以降からは段々と味は落ちていくことでしょう(実はいつも3-4日で飲み切ってしまうのでそんなに日を置いたことがない)
 

5. 焙煎している15分間は無心でいられる

    焙煎の具合は、豆の状態、その気温や湿度などのいろいろなパラメータによって左右されるのではっきりと〇△は何分何秒とかそういう管理はできません(いや出来ると思いますが私はあまりやりたくない)
 どのようにするかというと、豆の状態、色、音、香り、煙などを五感を活用しながら、火加減などを調整していきます、昔ながらの経験値に頼るやり方でまったく科学的ではありませんが、こうやって焙煎自体に集中していると「無心」になれます
 現代社会において無心の時間はとても貴重です、頭の中の掃除にもなるしストレスも減っていくことでしょう
 毎日焙煎して15分の無心を作り出すことによって幸せになれること間違いなしです
 

6. 焙煎の深さは気分によって自由自在なので謎の万能感が味わえる

 
 現代の複雑な社会では物事を自分で決めて最高の結果を得るということが難しくなっています
 自分で焙煎するということは煎り加減を自分で決めることが出来るということです、昨日は浅煎りが飲みたかったけど、今日は中深煎りが飲みたい ということは普通にあり得ますが自分で焙煎していないとその欲求を満たすことはできません
 好きな飲み物である珈琲の風味を自由自在に決定し30分もあればそれを実際に味わうことが出来るというある種の万能感を味わうことが出来ます
 自分で決めて自分で行動してその結果を自分で味わうというPDCA(Plan Do Check Action)を自分だけで回してしかも結果はほとんどが大成功というまさに達成感MAXな体験をいつでも経験できるのです
 これは幸せ以外の何物でもないでしょう
 

7. 焙煎したての新鮮な珈琲は胃にとてもやさしい

      最後に、新鮮な珈琲は胃に悪くはありません、本当に何杯でも飲めてしまいます、一日に10杯飲んでしまった時にはさすがにカフェイン過多になってしまいApple Watchの心拍変動が高くなってしまいましたが、普通に飲む分にはまったく胃に影響はありません、むしろ、ポリフェノールなどの薬効が効いてくる感じがします(あくまでフィーリング)

 もともと植物の種でしかもつい1時間前までは生きていたものを焙煎して頂くわけですから、珈琲のイノチを頂いていると考えるときっとまだ見つかっていない薬効もあるのではと思ってしまいます

 

まとめ

 如何でしたでしょうか、珈琲を自家焙煎すると幸せになれますので是非チャレンジしてみてくださいね、実際の器材や手順などは別途記事にしようと思っています

 

社会の転換期に求められる愛情

 最近の世の中は、昭和~平成の古い秩序が崩れていく出来事をみんなが外から眺めているような空気になっていますね


 古い秩序が崩壊して、これからは新しい秩序・社会を再構築していく時代になっていくと思います

 どんな秩序・社会を再構築していけば良いのかについてのキーワードは

 「愛情」

 ではないかと私は思っています
 
 これまでは「今だけ」「カネだけ」「自分だけ」という時代で「愛情」はどちらかというとスミに追いやられていた感じでしたが、これからは「愛ある時代」なんだ!! と本能的に感じています

 さて、

 「いじめ」や生き物を簡単にモノのように傷つける事件や家庭内暴力事件(DV)等さまざまな陰湿な事件が起きるたびに言われることがあります。

  • 「親の育て方/親ガチャが問題だ」
    「義務教育のあり方が問題だ」
    「階級社会が悪い」
    「差別が問題」
    「貧富の差がそもそも悪い」

などなど。。あれが悪い!!これが原因だ!! という意見で溢れかえります

 しかし、突き詰めて考えてみると、いじめや虐待、暴力などの根本原因は「愛情の不足」ではないかと思うのです

 社会構造や教育は「愛情不足」を引き起こす原因ではありますが、重要なのはその根本原因が「愛情不足」であるということを認識することだと思います、そして不足する愛を取り戻すことを真剣に考える時期に来ていると思います

ここでようやく本題ですが今回のテーマは

「愛情ポイント」です

 愛情が如何に大切なものであるかをわかりやすく説明するために、「愛情」を計る単位として「愛情ポイント」というものを考えました

 これからは「一人一人の愛情ポイントを増やす」という考え方が世の中の常識になって欲しいというのが今回の記事の主旨です

 

愛情ポイントとは

1. 愛情ポイントの定義

自分以外の人間や動植物やモノに対して、「愛情」を含んだ行為を行ったとき「愛情ポイント」が発生し、その愛情の深さに応じて、行為をした人・された人にそれぞれ同じだけ「愛情ポイント」が加算されます

 「愛情を伴った行為」を受ければ受けるほど、行為をすればするほど 「愛情ポイント」がたまっていきます

 もう一つ愛情ポイントがたまることがあります、それは

 「感謝」です

 感謝した側にも感謝された側にも同じだけポイントがたまります

 「ありがとう」の気持ちを相手に伝えることによって自分にも相手にも愛情ポイントがたまります


2.愛情ポイントが貯まる条件

 ただし、「愛情を伴った行為」というのは、相手にそれが伝わらなければ意味がありません。 いくら内心で愛情を燃やしていてもそれが相手に伝わらなければポイントにはならないのです

その行為によって相手が「愛情」を受けたと実感することが大切です

 子供が危険な行為をした時、それに対してほっぺたを叩くというのは、親が本当に子供の身の安全を思ってした行為であれば子供にはそれが伝わりマイナスとはなりませんが、それが単に親のイライラのはけ口だったりすると、子供は単に暴力をふるわれたと思い愛情ポイントはマイナスされていきます

要は、相手がどう感じたかで愛情ポイントのプラスマイナスが決まっていくのです

 また、憎しみを含んだ行為や暴力行為を行ったとき、その憎しみに比例して、行為をした人、された人の愛情ポイントはマイナスされます

3. 愛情ポイント=愛情力

 こうして、貯まっていった愛情ポイントが多ければ多いほど自分以外の人や生き物に対してやさしくなれるのです

それを愛情力と言います

4.人生における愛情力の循環

 人が生まれて、大人になって独立するまでは、子供は親から無償の非常に強い愛情を注がれて大人になるまでに愛情ポイントをたっぷりと貯めることができます

そして、気の合う友達、愛する異性が現れて、結婚して、子供が生まれて、その愛情ポイントを相手に注ぐことによって更に愛情ポイントが増えていくことになります

 しかし、これは一番うまくいった好循環の例であって、現実はそんなにうまくいくものでもありません

5. 愛情ポイントが減少してしまう原因

 けんかをしたり、いじめ・いじめられ、だましだまされ 誤解し誤解され 愛情ポイントは日常生活の中でどんどん減っていきます、おそらく現代社会ではごく普通の家庭でも なかなかポイントはたまっていかないだろうと思います 

 さらに、親からの愛情が薄かったり、陰湿且つ継続的ないじめにあったり、犯罪に巻き込まれたり、親から暴力を振るわれたりしたら心に大ダメージを受けて、愛情ポイントは激減してトータルでマイナスとなってしまうかもしれません

 また、TVやSNSで暴力的なシーンなどを見るだけでも減っていくだろうし、理不尽だなと思う出来事をニュースなどで知ることだけでも減ってしまうかもしれません。殺戮を繰り返すゲームをしても多分減っていくことでしょう

6. 愛情ポイント累積マイナスの地獄

 このようにして現代人は普通に生きているだけで愛情ポイントがどんどん減っていきます

 愛情ポイントが減るとどうなるでしょうか、少しのことで怒りっぽくなり、負の愛情ポイントを周囲に撒き散らしてしまいます、そして自分も更にポイントをなくしていく悪循環に陥ります

そして、ついにポイントが累計でマイナスとなります

累計で愛情ポイントがマイナスになるとどうなるのでしょうか

その人の行為全てがマイナス方向の行為となってしまうのです

どんなに自分が愛情を注ごうと思ってもその行為は憎しみを伴ったものになってしまうのです

子供を虐待した親の手記等を読むと、

「自分ではやってはいけないと思えば思うほど虐待してしまう」

といいます

なにをやってもマイナスが拡大していくばかり

本人の魂にとってはとても辛いことです

 そうなると、あとは、他人からの愛情を受けてマイナスを減らしていくしかありませんが、周囲を憎しみで染めてしまうような人に無償の愛情を注いでくれる人などなかなかいないでしょう

 このように一度愛情ポイントがマイナスになってしまったらもう抜け出ることは非常に困難なのです

  こんな、「愛情ポイント累積マイナス」という人が最近増えているような気がします

 マイナスがマイナスを呼び 社会全体に波及する、そういう世の中になってきていると思いませんか?

これを書いている自分も もう既にマイナスに向けて急降下中なのかもしれません

 

愛情に満ちた世の中にしていくために

それでは、愛情に満ちた世の中に変えていくためにはどうしたら良いのでしょうか

個人で出来ることと社会的なことの二つに分けて考えたいと思います

1 愛情ポイントを増やすための個人のアクション

  (1) 累計愛情ポイントがプラスの人は、恥ずかしがらずに日常生活の中で「愛ある行動」を積極的に行いましょう

      (2)「ありがとう」を声を出して伝えましょう、夜寝る前にその日にあったことに感謝しましょう、体力をつけるためにみなさん運動をしていますよね

それと同じように、いつも感謝の気持ちを忘れずに感謝の気持ちを具体的に表現する習慣をつけて「愛情ポイント」を日常生活の中で蓄えるようにしましょう

それが、マイナスポイントだらけの現代を生きるコツではないかと思います

一人一人が愛情ポイントを少しでも増やして社会全体の愛情ポイントを底上げしていくというイメージです

 

2. 社会的なアクション

  (1) 法律、行政など全てについて「愛ある行いが第一」という考え方で見直す必要があります、憲法の条項に加えても良いぐらいです

  (2) 教育も「愛情」を重視したものに変えていきます

  (3) 企業理念にも「愛情」が必要だと思います、例えば上場の条件にそれを追加するなど少しのことでも変わっていくと思います

       (4) 愛情第一の政治

 しかし、こういうことはあまりにも次元が高すぎますね

 このような社会的アクションを実現させていくためには、「愛情が大切」であるということを理解した政治家が必要です、まずは愛情ファーストの候補者を立てて当選させることから始めなくていけないと思っています、それが愛情に満ちた社会への第一歩だと思っています

愛情に満ちた社会への第一歩

 SNSや街中の様子を見ると現状では愛情に満ちた社会からどんどん離れていっているように感じますし、自分ひとりでやっても無駄だと思う気持ちにもなってしまいます、ましては政治で変えていこうとか夢物語です

 それでも、明治以降続いてきた欧米による支配構造が終わりかけている今だからこそスタートできるとも言えます

 私は今年高齢者の仲間入りをする社会の役立たずですが、愛情ポイントを増やすぐらいならまだまだイケます

 同じ考えの方々を見つけて世の中が少しでも変えていく小さな動きに身を置きたいと思っています